数週間前、モロッコからベトナムまで約3ヶ月の旅を終えて、日本経由でアメリカに帰ってきました。
家族と過ごした時間を含めると、合計6ヶ月間仕事を離れて旅をしていたのですが、実際に6ヶ月たって今回の決断をどう感じているのかを書き留めておきます。
旅に出たきっかけは、記事「【0週目】夫婦で無職になる」からどうぞ。
- 一番心に残ったのはモロッコ・トルコ・ネパール
- 都市部はどこに行っても同じビル。同じ街並みになりつつある…
- ホテルのオーナーは自分のホテルに一度泊まってほしい
- 毎日の経験が濃すぎて、1年ぐらい生きている気がした
- 夫婦として、ひとつレベルがあがった?!
- 旅のおかげで、いろいろな面白い人に出会えた!
- 会社を退職して旅に出るデメリットもある
- そして、これからのこと
一番心に残ったのはモロッコ・トルコ・ネパール
17カ国を3ヶ月間でまわる駆け足の旅行でしたが、最も印象に残った国はと聞かれれば、モロッコ・トルコ・ネパールをあげます。
スイスやクロアチアも自然がキレイだったのでまた行きたいのですが、不思議なことに少しサバイバルな雰囲気のするモロッコ・トルコ・ネパールの方が、私は好きみたいです。
モロッコ
モロッコは人々の熱気と、信じられないくらいキレイな赤い砂丘に、ただただ見とれました。
砂漠でのキャンプも寒くて、ほとんど眠れませんでした。
しかし、砂丘でラクダ達と見た夕日と、ベルベル人の音楽、無数の星空の下でのキャンプファイヤー、そしてあんなに幻想的な朝日を見たあの12時間は、本当に特別な瞬間でした。
きっと、一生忘れないと思います。
モロッコで感じた熱い想いはこちらの記事「【10週目】魂が揺さぶられた国「モロッコ」を旅して感じたこと」で!
トルコ
トルコは、カッパドギアやパムッカレで出会った人たちが印象に残りました。
信じられないくらい親切で、ホスピタリティのお手本と言えるようなカッパドギアのホテルの人たち。
ズルくて少しでも多くのお金を巻き上げてやろうと虎視眈々と狙っている、だけどなんだか憎めないパムッカレの旅行会社のおじさん。
絶対に英語を話さない、常に無言でコミュニケーションをとってこようとするクールなバスガイドのおじさん。
こうした個性あふれる人たちがトルコには溢れていた気がします。
トルコの詳しい感想は、記事「【15週目】エキゾチックで神秘的な国トルコで感じたこと」で!
ネパール
ネパールは、あの路上の砂埃にまみれた光景を今でも鮮明に覚えています。
あんなに大気汚染がひどい場所に滞在した経験がなかったので、こんなに大気汚染って酷いものかと身をもって実感しました。
また、電線がスパゲッティのように、今にも触れそうなところにぶら下がっていることも衝撃でした…上の写真にもちょっと写っています。
そして、ネパールの小さなホテルのオーナーのオリジナルツアーは、今まで参加したどんなツアーよりも地元の人の生活を垣間見ることができて印象に残りました。
私は製品開発(プロダクトマネジメント)の仕事をしてきたのですが、正直あの小さなブティックホテルで、製品開発について考えさせられる経験をするとは思いませんでした。
目に見えない価値を提供するネパールの小さなホテル。
製品って目に見えるものだけではない、目に見えないものを提供できる製品こそが強いんだと実感しました。
ネパールは最貧国と言われていますが、そこで生活している人たちは親切でパワフル。
そしてフレンドリー。また、優秀な人もたくさんいました。
かなり良い印象をもったネパール。
ネパールで感じたことを詳しく記事「【16週目】何もかもが刺激的!ネパール・カトマンズ旅行で感じたこと」で紹介しています。
17カ国を旅して最も印象に残っているのは人
こうして振り返ってみると、旅で印象に残っているのは人。
キレイな場所や遺跡もたくさんありました。
しかし、それぞれの土地で暮らす人とのコミュニケーションが、その土地での思い出をよりカラフルにしてくれるというか、特別なものにしてくれる!と感じます。
やっぱり「人」に会いに「人」はやってくるんですよ、きっと。
その感覚は、インターネットの世界では実現が難しいと思いますね。
やっぱり、旅って実際に足を運んでこそ、より価値があると思います。
都市部はどこに行っても同じビル。同じ街並みになりつつある…
日本には藁葺き屋根様式の民家があったように、世界各国にはそれぞれの土地や文化に応じた建物がありました。
そういった建物に滞在したり、見たりすることが旅の楽しみのひとつだと思います。
ただ、近年は都市部に行けば、新しいビルはシムシティというゲームに出てくるようなガラス張りの高層ビルばかり。
その土地ならではのビルや建築様式が少なくなってきていると感じました。
やはり、その土地の個性を活かした建物が必要なんじゃないかと思います。
そのジレンマに直面していたのが、ネパール・カトマンズ。
カトマンズは数年前に地震があり多くの建物が崩壊しました。
歴史的な建物は、日本政府や中国政府のサポートで復旧作業が行われています。(素晴らしい!)
ただし、一般の人の家となると、個人の貯金を切り崩して復旧する必要があります。
政府も支援金を出してサポートしきれないというのが実情のようです。
各民家には、ネパールの伝統的な窓枠が残されており、その繊細な彫刻がとてもキレイ。
ネパールの旧市街パタンにあるホテル「Heranya Yala」のオーナーによると、
「そういったネパールの伝統的な窓枠を残そうと思うと、新しく家を建て直すよりももっとお金がかかるので、残したいけれども残すことができない」
とのこと。
どうにか、そういった建物を残すためのサポート手段はないのでしょうか。
そういった建物こそ、価値があると思うのです。
ホテルのオーナーは自分のホテルに一度泊まってほしい
旅行の中で、多くの民泊やホテルを泊まり歩きました。
素晴らしいホテルがある一方で、オーナーたちは本当に自分たちの部屋が快適と思っているんだろうかと思うぐらい、居心地の悪いホテルにも遭遇しました。
ホテルのオーナーの人たちにお願いしたいのは、一度でいいから自分のホテルにお客として泊まってほしい、と思います。
実際に泊まってみると、シャワーが使いにくいとか、ベッドがペコペコで寝心地が悪いとか、換気が悪いとかそういった点に気づくのではと思います。
旅行者だから適当な家具でいいと考えるのではなく、友達をもてなすように宿泊施設をデザインすると長期的にはいい結果になると思うのですが…
毎日の経験が濃すぎて、1年ぐらい生きている気がした
1週間前の出来事も1ヶ月前の出来事に感じるくらい、毎日が充実していました。
朝〜昼過ぎまで観光して、昼はホテルで休んで、夜はディナー後にブログ執筆という生活で、正直ほとんどボーッとできませんでした。
その上、次の1週間はどこに行くかを考え、交通手段・ホテル、すべてを調べて予約まで完了させなければいけませんでした…
ホテルを前日や当日に予約することもありました。
最初は、空室がなかったらどうしようとドキドキしていたホテル予約も、旅の最後の方は、当日でもどうにかなると思っていました…
ただ、体力的には疲れました。
でも、毎日新しいことを経験できて、楽しくて仕方なかったというのが正直な気持ちです。
クロアチアではどんよりした冬の天気にうんざりして、宿に閉じこもり気味になったり、ポルトガルでは風邪で寝込んだりと、いつも楽しいだけではなかったです。
しかし、振り返ってみればすべて楽しい思い出になりました。
時間の過ごし方次第で、時間の流れ方に対する感じ方はこうも違うんだと気づかされました。
夫婦として、ひとつレベルがあがった?!
実は私達夫婦は結婚数年目の今まで、殆ど喧嘩をしたことがありません。
私の主人は、比較的精神的に安定していますし、私もあまり怒ったりしません。
若い頃はもっと短気でしたが、最近は丸くなったのかもしれません。
ただ、旅にでて非日常を経験すると、精神的にも体力的にも疲れてきて、精神的なアップダウンがお互いに露呈された気がします。
夫婦喧嘩が勃発しそうになったことも何度かありました。
成田離婚ってこうやって起こるんでしょう…
ささいな一言が原因となって、険悪な雰囲気になることが多かったのですが、それもよく考えてみれば、疲れている時に多く起こっていたような気がします。
当たり前ですが、疲れているときは喧嘩になりやすい、という規則性を意識することで、無駄な喧嘩を避けることができるようになった点はよかったです。
また、主人も私もイライラしていたら、「今は疲れているから、イライラしている」と一言相手に伝えることで、お互いにそっとしておき、そのうちに機嫌も直ってということが結構ありました。
このコミュニケーションは、結構私達には合っていたような気がします。
海外という慣れない、かつ色々なことが起こる場所で3ヶ月過ごした後、日常の定住生活に帰ってくると、一緒にいることが以前より楽だと感じるようになりました。
日常生活の中では、予期していないことが旅行中ほど頻繁には起きませんから。
あえて不安定な環境の中で訓練過ごしたことで夫婦の絆が強くなったことも、旅の意外な副産物でした。
旅のおかげで、いろいろな面白い人に出会えた!
今回の旅では、自分の将来につながる旅にしようと決めていました。
旅に出る前から、本業でも副業でも何かしらの形でずっと好きだった旅に関する仕事がしたいと思っていました。
出発前は、本「自分の仕事をつくる旅」を読み、どうしたら今回の旅を将来につなげる有意義なものにできるかなと考えていました。
ただ、具体的なイメージを掴みかねていました。
事前にしていった準備は、このブログをつくる&名刺をつくることぐらい。
世界各国で行われている旅の博覧会があったら、立ち寄って自分のブログの宣伝をしようと考えていました。
旅の最初の方は、旅先で仲良くなった人に名刺を渡していただけですが、旅の後半はもう少し大胆に、バンコクで行われていた旅行博に参加して、日本のみならず世界各国の観光局の人に声をかけて、協業の機会があったらと話をしてまわりました。
最初は何を話せばいいんだろうと、最初の1時間ぐらいはブースの周りをウロウロしていましたが、勇気を出して話しかけると意外と話を聞いてくれるものですね。
多くの人が名刺を交換してくれて、ある人とはその後に会う機会まで設けてもらうことに!
その方からは、旅行業界で困っていることを聞くことができたので、勇気を出してみて本当に良かったと思っています!
また、偶然見かけたWebサイト経由で、あるホテルの訪日旅行者を増やすためのマーケティング活動をサポートする仕事もやらせてもらえることになりました。
実際にホテルを訪ねて意見交換をさせてもらったり、レポートを書かせてもらう中で、日本のホテルの実態や困っていることなど生の声を聞かせてもらって、大変勉強になりました。
Nothing to Lose!
チャレンジするのみです。
また、タイからカンボジア行きのバスの中偶然席が近かったベトナムで活躍されている起業家の方ともお話しする機会をいただきました。
ベトナムで何度か夕食をご一緒させてもらい、人生の先輩として多くの興味深いことを聞かせてもらい、本当に楽しかったです。
こうした普段は会うことができない、いろいろな方と会えたことだけでも、今回の旅の意味があったと思います。
会社を退職して旅に出るデメリットもある
会社を退職して旅に出るデメリットはなかったのか?と言われると、もちろんあります。
収入はゼロになりましたし、会社を退職したので、前の会社で積み上げてきた人間関係や信頼関係は無くなりはしないものの、次の転職先の会社で再び築き上げる必要があります。
そもそも、次の転職先が見つかるかさえもわかりません。
将来に対する不安はあります。
ただ、もし1年前の自分に戻ることができたとしても、会社を退職して旅に出ると決断します。
もし、1年前の自分に戻ってアドバイスするなら、旅をしている間は、すぐに使わない現金を証券会社に預けて比較的安全な資産(例えば国債など)にシッカリ投資をしておくようにアドバイスします。
また、戻ってきてからの仕事探しに数ヶ月かかります。
ただ、旅をして思ったのは、お金がなくなったら、お金が無いなりの生活をすればいいかなと思うこと。
ベトナムの人々なんかは、「お金がなくても、その辺りで熟しているバナナなどを食べながら生きていけば死ぬことはない」と思っているのか、人生に対して楽観的に捉えている様子を見ると、自分も同じ様に考えてもいいんじゃないかと感じるようになりました。
こういう感覚をなんと表現したらいいのかわかりませんが、人生なんとでもなるんじゃないかと楽観的に捉えるようになった気がします。
そして、これからのこと
いつかは、仕事と旅をうまく楽しむことができる生き方をしたいです。
私の場合は、キャリアを10数年積んだ後で、会社をやめて数ヶ月旅に出たことは良かっです。
アメリカのビザさえ許せば、1年ぐらい旅をしたかった位です。
自分のキャリアの棚卸しもできたし、人々の色々な生き方をみることができました。
チャレンジもありましたが、私達の夫婦関係にとっても、夫婦関係を強化するいい機会になったと思います。
私達のような年代で、会社を辞めて旅に出るという決断が、誰にとっても良い決断かどうかはわかりません。
しかし、20代の若い人だけでなく、会社員としてのキャリアを築いている真っ只中で、会社を辞めて旅をして、会社に戻るという選択をする人もいるんだということが、誰かの生き方の参考になればと思います。
色々な選択肢があるんです。
私が伝えたいメッセージはひとつだけ。
「生き方はひとつだけではない。自分で考えて、自分が後悔しないように生きてほしい」
もし何か質問等ありましたら、いつもでお問い合わせページからご連絡ください。