みりタビ

世界のストーリーを伝えていく!会社員がつづる旅ブログ

20年前、人生を変えたインド。大学生だった私が感じたこと

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私は約15年前、1年のうち2ヶ月ほどインド中部の都市「ハイデラバード」を、大学での勉強の都合でよく訪れていました。

当時のハイデラバードは、インド第6の都市という巨大な都市ではありましたが、外国人の観光客をほとんど見かけなかった都市です。

そんなマイナーな都市「ハイデラバード」が、私にとっては人生を変えた旅先のひとつになりました。

当時、私がインドでどんな思いをしたのかを回想録として綴っていきます。

ほぼ全員のインド人が私のことを遠巻きにじっと見つめていた(と思う)

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欧米人を見た記憶が殆どないぐらい、ハイデラバードはマイナーな都市だったので、おそらく私のような日本人も見たことがない人が殆どだったと思います。

そのせいか、とにかく街の人が、常に私の行動を見ていました。

ごくごく普通の日本人なのに!(平らな顔が余計に目立ってしまったのかも!)

 

酒屋にビールを買いに行けば、酒屋のおじさん・酒屋の客もみんな私がどのお酒を選ぶのかをじーっと見ています。

お酒を売っているお店は男性しかいない感じだったので、女性&外国人の私が行けば、それは注目を集めるだろうなと思いますが…

 

ごく普通の庶民である私はこんなに注目を集めた経験もなかったので、ハイデラバードでは芸能人になったかのような気分が味わえました。

一方、チェンナイやムンバイといった大都市では全く気にもとめてもらえなかったので、田舎だったからこそできた経験だと思います。

 

正直、注目を集めた経験は短期間だったこともあって、悪い気はしませんでしたね…変態かな?

 

インド人はシャイ?見ているけど話しかけてこない。でも、黙ってついてくる。

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インド(というかハイデラバード)の人たちはシャイなのかわかりませんが、みんな私のことを見ているのに、街の人々は基本的には話しかけてきません!

(お店の人は別ですよ。)

 

さらに怖いのは、じーっと見ているだけで、話しかけずにずーっと後をつけてくる人がいるんです。

めっちゃ怖かったです。

当時のハイデラバードは、ちょっと路地に入ると未舗装の道路で街灯も少なく、野良牛や野良犬がウロウロしているエリアでした。

そんな中で、黙ってあとをつけてくる人がいたのは、野良犬以上に怖かったです。

 

ある日の夕方、ホテルの周りを散歩していると、黙ってついてくる男性がいることに気がつきました。

怖くなった私は、歩調を早くしたのですが、まだ足音が聞こえます。

ついに、怖さに耐えられず私は走り出しました。

そしたら、後ろからまだ足音が聞こえるんです。

そこまでついてくるって何なん!と思いながら走っていましたが、慣れない道路のせいかバターッ!と派手に転んでしまいました。

後ろから来たその怪しい輩が「Are you okay?」と声をかけてきました。

全く意味がわかりませんね…ナンパをするつもりだったのでしょうか。

「お前のせいだよ」と腹立たしく思いながら、急いで立ち上がってホテルに逃げ帰りました。

ちょっと失礼な態度で申し訳なかったです。

多分、悪気はなくて初めて見る日本人の行動に興味があっただけだと思いますが、黙ってついてくるのは不気味でした。

 

メニューも読めないくらい薄暗いレストラン

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インドでも少し高級なレストランに行くと、ほとんどのレストランが本当に薄暗かった。

どれだけ暗いかというと、メニューも読めないくらい。

日本でいうと、おしゃれなバーぐらいの薄暗さです。

最初はインドにもこんなおしゃれな雰囲気のレストランがあるんだとウキウキしていましたが、現地のインド人に当時教えてもらったのは、インドでは食べることが良いこととされていないので、部屋を薄暗くして食べている姿を見えないようにしているとのことでした。

なるほど。

理由はどうであれ、私にはなぜか「インドのレストラン=おしゃれ」という記憶が染みついています。

 

失礼!でも、ハリボテという言葉がピッタリだった「インド映画村」

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インド滞在中、自由時間ができた日はよくハイデラバード近辺で観光をしていました。

ハイデラバードで有名なのはチャルミナールなどの建物や寺院ですが、その日はインドの映画村へ。

インドの映画を見た人はわかるとおもいますが、インドの映画はダンス満載・(ヘリウム吸ったの?というぐらい)異常に高音の女性の声が印象的な音楽満載の映画が多いです。

いよいよその撮影現場を見られるのかとかなりワクワクして訪れました。

そこで見たものは…飛行機のセット。

その飛行機のセットがボロボロ過ぎて、そして飛行機の裏側は更にボロボロで、こんなに雑な環境で映画を撮影しているのか?!と衝撃を受けました。

当時はCGもなかったと思いますが、どういうテクニックで映画をきれいに見せていたんでしょうね。

 

ただ、インド映画は言葉はわかりませんが、ミュージカル映画のようで楽しかったので、何回か映画館に観に行ったり、VCD(懐かしい!)を買って日本で見たりしていました。

 

毎日食べる超ローカルインド定食。毎日食べると美味しくなった。

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滞在中は現地の人達との作業が一日中あったので、作業場所にあった社食みたいな食堂で、毎日昼と夜ご飯を食べていました。

メニューは大体、ご飯・インド版味噌汁(ダル)・パパット(?)・カレー・ヨーグルト・バナナといった具合でした。

上の写真がイメージに近いです。

カレーだけが日によって変わるだけで、ほぼ毎日、同じメニューでした。

特に私が嫌いだったのは、インド版味噌汁(料理名はダル)。

うすーいカレー汁という感じなのですが、ほんとに美味しくないなーと思いながら不満いっぱいでした。

ただ、他に食べるものもないので、生き延びるために無理やり食べていたら…1ヶ月滞在した頃にはダルが大好きになっていました!

 

自分の適応能力に驚きました。

 

同行した他のメンバーの中には、もうインド食は食べられないと持参したふりかけを使ったご飯だけを食べるメンバーも多かったのですが、私はいつも完食でした。

インド(特に南部)の食事は辛いのでそれだけが胃腸には辛かったですが、それ以外は私は大好きでしたね。

 

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適応能力の高い私ですが、どうしても好きになれなかったのは生姜入りのチャイ。

チャイ自体は大好きなんです。そして、生姜も好きなんです。

でも、あの組み合わせは苦手。

チャイと生姜の良さを殺していると私は感じます…

「チャイはチャイとして独立させろ、生姜なんか入れるなっ」て今でも思ってます。

  

インドでホームレスとして行きていくために…

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当時のハイデラバードには、ホームレスの大人も子供もたくさんいました。

ホームレスの多さにも少し驚きましたが、更に驚いたのはホームレスとして寄付をあつめるために、親が故意に手足を機能できないようにすることがあるとの話でした。

 

衝撃でした。

 

ロジックはわからないでもないですが、それにしてもあまりにむごい。

カースト制度が廃止されたといっても、まだまだ残っていた当時はカースト制で定められた意外の職につくことも難しいので、ホームレスはホームレスとして生きていくしかないので、そういう対応をとっていたのかもしれません。

本人たちだけの問題ではなく、社会の問題ですね。

こうした問題は、もう起こっていないことを強く望みます。

 

こうした状況を知ると、自分の日々の悩みが本当に小さい、どうでもいいことだと思い知らされます。

今でも、生き抜くためにいろいろなものを犠牲にして生きているインドの人たちの姿を思い出しては、自分はまだ彼らと同じくらい必死に生きることができていないと反省しています…

 

言葉で書くと、教科書っぽくて嫌なのですが、同じような思いをしたことある人ならわかってもらえるはず。

言葉って、やっぱり所詮は文字でしかなくて、いろいろなコストはかかってもこういう想いをする経験こそが価値あるものだと思います。

 

さらに田舎では…軍手だって全ておねだり

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ハイデラバードは、まあ大都市なので、遠巻きに眺めてくることはあっても、あまり接触してこないのですが、インドの田舎に行くと全く別世界でした。

 

名前も覚えていない、かなり小さな田舎の村に立ち寄った時、私が作業していると、すぐに現地の人たちに取り囲まれました。

彼らは「どこからきたの?」とフレンドリーに話しかけてくるのですが、すぐに私が身につけているものの値定めをして、高く売れるものを見つけると、オネダリ攻撃。

幼い妹を抱っこした10歳ぐらいの少年が目をつけたのは、なぜか私がはめていた軍手。

「軍手いいねー、ちょうだい!」

と、軍手を指差して、かなりせがまれましたね。

私も仕事に軍手が必要だったので、軍手をあげることはできませんでしたが、軍手があんなに人気を集めるとは驚きました。

また、「軍手って日本では100円で売られているものなのに…こんなものを欲しがるんだ」と切なく感じたことを今でも覚えています。

 

さいごに

20年前のインドの様子を思い出しながら、今でも印象に残っていることを記事にしてみました。

私の旅行愛はこのインドからはじまったのですが、あのインドで感じたことが、私の人生を変えました。

 

実は、本当は最初はインドに行くのも嫌だったし、怖かったんです。

でも、インドに行って日本とは全く違う世界を見て、現地のインド人に優しく色々教えてもらないながら、インドと日本のあまりの違いに本当に衝撃を受けました。

大学で勉強したことはほとんど覚えていないけど、あのインドでの経験はまだ良く覚えていますし、あの経験があったからこそ、私は今アメリカにいるんだと思います。

 

そして、またあの衝撃を感じたくて、今も私は旅をしています。

 

あのとき、インドに行くチャンスに恵まれたことを本当に感謝しています。

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